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宿・ホテル基本情報

宿・ホテル紹介:

旅館きよた四季折々の山海の幸を盛り込んだ料理旅館。JR富山駅〜市内電車「南富山」行き「荒町」下車徒歩1分駐車場:有り6台無料先着順

再安価格:

5500円~

チェックイン:

15:00~

チェックアウト:

~10:00

部屋数:

14

位置情報

アクセス:

JR富山駅〜市内電車「南富山」行き「荒町」下車徒歩1分
詳細情報

駐車場:

有り6台無料先着順

温泉:

-

インターネット:

-

カード:

VISA
JCB
AmericanExpress
Diner'sClub
UC
NICOS
MasterCard
利用可

客室設備:

テレビ
ファックス(貸出)
湯沸かしポット
お茶セット
冷蔵庫(一部)
ドライヤー(貸出)
ズボンプレッサー(貸出)
電気スタンド
アイロン(貸出)
石鹸(固形)
石鹸(液体)
リンスインシャンプー
ハミガキセット
カミソリ
くし
タオル
浴衣

施設案内:

ティーラウンジ
宴会場
自動販売機
モーニングコール
宅配便

NO1:ゼウス-荒町/レストラン(その他)[食べログ]

旅館きよたから約14m
[営業時間]-
[予算]-
[住所]富山県富山市総曲輪1-8-2

NO2:甘酸鹹富樫-荒町/割烹・小料理[食べログ]

旅館きよたから約14m
[営業時間]-
[予算][夜]¥10,000~¥14,999
[住所]富山県富山市総曲輪1-8-2

NO3:てまり-荒町/ステーキ[食べログ]

旅館きよたから約15m
[営業時間]18:00~翌2:00夜10時以降入店可、夜12時以降入店可
[予算]-
[住所]富山県富山市総曲輪1-8-2サンクイ-ンビル1F

NO4:武べゑ-荒町/焼鳥[食べログ]

旅館きよたから約16m
[営業時間]-
[予算]-
[住所]富山県富山市総曲輪1-8-12

NO5:ヌーヴォー-荒町/レストラン(その他)[食べログ]

旅館きよたから約16m
[営業時間]-
[予算]-
[住所]富山県富山市総曲輪1-8-12

NO1:富山城址公園

旅館きよたから約258m
[お勧め時期]0
[PR]園内には昭和29年復元の富山城、美術館、野外ステージ、花壇などがある。
[住所]富山県富山市本丸

NO2:富山市郷土博物館

旅館きよたから約334m
[お勧め時期]0
[PR]鉄筋コンクリート建の富山城天守閣内部が郷土博物館になっており、2階では主に美術関係の企画展が開催され、3階には旧富山藩関係の資料などが展示されている。現在は、歴史博物館として活動している。
[住所]富山県富山市本丸1-62

NO3:富山城

旅館きよたから約335m
[お勧め時期]0
[PR]この地の豪族水野勝重(のち神保長職と改称)が、天文12年(1543年)頃築城したという。天正8年(1580年)、佐々成政が越中守護職を任じて入城、大改築を行なったが、同13年、豊臣秀吉に降ってのちは、加賀の前田利家の領有となった。寛永17年(1640年)、前田利次が富山に十万石を分封されて以降は前田氏の居城となり、十三代相継いで明治に至る。平城で、石垣・水濠跡が残る。本丸跡にたつ天守は犬山城を模して、昭和29年に復興したもの。本丸跡は公園として整備されている。◎佐々成政(1537-88)愛知県春日井郡生れ、武将。比良城主の子。信長に仕え転戦ののち富山城主となるも秀吉に降伏。以後は肥後に転じ、失政の理由をもって尼ケ崎で切腹。51歳。◎前田正甫(1649-1706)富山市生れ。富山二代城主。富山売薬を普及させた始祖。磯部村に五十三次の一大庭園をつくる。
[住所]富山県富山市本丸1-62

NO4:松川べり彫刻公園

旅館きよたから約340m
[お勧め時期]0
[PR]桜並木の両側は遊歩道で、県内ゆかりの彫刻家の作品が並べられており、松川では錦鯉の群生が泳いでいる。
[住所]富山県富山市

NO5:松川遊覧船

旅館きよたから約343m
[お勧め時期]0
[PR]富山観光遊覧(株)が運航する松川遊覧船は、昭和63(1988)年4月より、富山市中心部・富山城址公園横を流れる松川(旧神通川の名残り)で運航しています。江戸初期から明治後期にかけて、最大の通商路として賑わった神通川の歴史を偲びながら、7つの橋をめぐる遊覧を楽しむことができます。松川沿いにはソメイヨシノが460本植えられおり、「日本さくら名所100選」にも選ばれ、多くの方がお花見に訪れます。また、松川べりは、2002年にノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんが、かつての神通川を埋め立てた場所にある芝園中学校、中部高校への行き帰りに歩かれたゆかりの場所でもあります(国道41号線は、沿線から4人のノーベル賞受賞者を輩出していることから「ノーベル街道」と呼ばれています)。明治時代には、滝廉太郎が、当時は今の約6倍の広さがあった旧富山城内の小学校(現在の富山税務署のあたり)に約2年間通っていました。旧神通川には、日本最大の64艘の舟をつないだ「舟橋」が架けられ、舟橋のたもとの茶店の名物は「鮎のすし」でこれが「鱒のすし」となり、富山の名産となっています。現在も松川沿いの七軒町に鱒のすしのお店が並んでいます。
[住所]富山県富山市本丸1